八甲田山の日
1902年(明治35年)1月23日、青森歩兵第5連隊の兵士210名が、ロシアとの有事を想定した雪中行軍の訓練中に八甲田山で猛吹雪に遭遇し遭難しました。この事故では199名が命を落とし、生還した11名の多くも凍傷によって手足の切断を余儀なくされるなど、近代の登山史上でも最大級の遭難事故として記録されています。この痛ましい出来事を教訓とするため、1月23日は「八甲田山の日」と呼ばれるようになりました。現在も青森県では慰霊碑や資料館を通じて事件の記憶を伝える取り組みが続き、冬山の危険性や装備の重要性を学ぶ教材としても取り上げられています。
