日比谷焼打事件

9月5日 国際・公的な記念日

1905年(明治38年)9月5日、日露戦争の講和条約であるポーツマス条約が調印されたが、賠償金を得られなかったことへの国民の不満から、東京・日比谷公園で開かれた条約反対の国民大会が暴徒化した事件です。警察署や交番、教会、路面電車などが焼き打ちされ、死者17人、検束者約2000人にのぼる大規模な騒擾に発展しました。世論の力が政府を揺るがした日本最初期の事例として、現在も近代日本政治史を語る上で重要な出来事として取り上げられています。

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